タイにおける残業手当、休日手当、解雇手当、社会保険拠出金(以下「法定支払」という。)を正確に算出するためには、従業員に支払われる支払項目が、タイ労働法上「賃金」に該当するか否かを正確に判別する必要があります。実務上、タイでは多くの使用者が、法定支払の算出基礎額を抑える目的で、「福利厚生費」や「手当」としての支給と位置付け、賃金からの分離を試みています。しかしながら、そのような分離が法的に有効かどうかは、当該支払の実態、すなわち性質および支給の定期性・継続性に基づいて判断されます。仮にその分離が法令に準拠していない場合、法定支払の誤算出につながり、追加支払、利息、加算金のほかタイ労働法上の刑事責任を問われる可能性があります。
タイの労働法における「賃金」の法的定義の理解
タイの労働法、特に1998年労働保護法(Labor Protection Act B.E. 2541)において、「賃金」とは、通常の労働時間中に、労働者が業務を遂行した対価として、使用主が支払う報酬を指します。この報酬は、時間給・日給・週給・出来高払い等、計算方法を問わず「賃金」と認定されます。
つまり、名称や名目にかかわらず、労働の対価として支払われる一切の金銭は「賃金」とみなされ、法定支払の算定基礎に含まれることになります。一方、従業員の実際の労務提供と直接的な関係を持たない支給、すなわち奨励金や福利厚生費などの性質を有する金銭については、「賃金」には該当せず、法定支払の基礎額から除外される可能性があります。
たとえば、士気向上や出勤奨励、生活補助費などを目的とした手当で、実際の業務遂行に対する報酬ではないものは、通常「非賃金性給付」と分類されます。
タイの裁判所における「賃金」と「非賃金」の区別方法
実務上、ある手当が「賃金」に該当するかどうかは、その支給目的、条件、実態に大きく依存します。この分類は必ずしも明確ではなく、裁判所の裁量に委ねられており、裁判所は名目ではなく支給の実態に即してその性質を判断します。
以下は、タイの裁判所が具体的な事案においてどのように「賃金」と「非賃金性給付」を判断してきたかを示す参考事例であり、実務上の参考情報として活用されることを目的としています。絶対的なルールではなく、判断傾向を把握するための指針としてご参照ください。
1. 精勤手当
精勤手当が「賃金」に該当するかは、支給の目的と条件に基づいて判断されます。最高裁判所は、すべての従業員に一律に毎月固定で支給されている場合には「賃金」であると判断しています。一方で、無遅刻・無欠勤などの条件付きで支給される場合には「非賃金性給付」とみなされます。
2. 役職手当および語学手当
従業員の職務上の資格や専門技能(役職・語学力など)に基づいて支給される手当は、最高裁判所の判断により「賃金」に該当するとされています。
3. 通勤手当
通勤手当の性質も支給目的により区別されます。実費の証明が不要で毎月定額で支給される通勤手当は、「賃金」として扱われると最高裁判所は判断しています。一方、実際の交通費の精算として支給される場合や、会社が手配する送迎サービスの代替として支給される場合には、非賃金性の福利厚生給付とされます。
4. 通信手当
使用状況や通信料金に関係なく、毎月定額で支給される通信手当は、「賃金」に該当します。これに対し、実費に基づいて精算される場合や業務専用の通信費として限定されている場合、会社が業務用携帯電話を支給している場合には、「非賃金性給付」として取り扱われ、法定支払の算定基礎から除外されます。
タイ労働者保護法に基づく賃金区分の誤認による法的リスク
従業員に対する賃金構成要素を法定支払の算定に正しく反映しなかった場合、使用者は重大な法的責任を問われるおそれがあります。
タイ労働者保護法上の違反
残業代、休日手当、解雇補償金、予告手当などを過少に支給した場合、以下の結果を招く可能性があります。
- 労働監督官による支払命令:支給期日から年15%の遅延利息が課されます
- 故意の未払い:7日ごとに15%の追加加算金が発生します
- 刑事罰の適用:最大6か月の懲役または10万バーツ以下の罰金が科される可能性があります
この違反が会社の行為(不作為を含む)に起因する場合には、その違反を指示または容認した取締役や責任者も連帯して責任を問われる可能性があります。
社会保険・労災補償基金への拠出不足
社会保険基金および労災補償基金への拠出が不足していた場合、未払金に対して毎月2%の延滞加算金が課されます。ただし、拠出対象となる給与額には上限が設けられており、社会保険基金は月額15,000バーツ、労災補償基金は20,000バーツがそれぞれの算定上限となります。これにより、高所得従業員に対する使用者の拠出負担額は一定に制限される仕組みとなっています。
- 重要な示唆
支給項目が「賃金」か「非賃金」かの分類は、タイ労働法上の法定支払の算定に直接影響します。コンプライアンスを確保し、法的リスクを最小限に抑えるために、使用者は以下の点に注意を払うべきです。
- 各支給項目について、その支給目的を明確に特定すること
- 福利厚生的給付については、領収書などの裏付け資料の提出を求めること
- 給与体系および人事実務を定期的に見直し、法令遵守状況を確認すること
「賃金」と「非賃金」の区別は非常に繊細かつ複雑であり、タイの裁判所は名称や名目にとらわれず、事実関係全体に基づいてその性質を判断します。明確な基準や一律の基準は存在しないため、各ケースは個別の事実に基づいて解釈・評価されます。そのため、報酬体系の確定や新たな支給制度の導入にあたっては、専門的な法的助言を受けることが強く推奨されます。
ILAWASIAは、こうした複雑な労務課題に直面する企業の皆様に向けて、タイ労働法に準拠した実践的なアドバイスと戦略的ソリューションを提供しています。コンプライアンスを確保しながら、政府規制に即した最適な報酬設計を支援いたします。
Prepared and copyrighted @ 2024 by ILAWASIA CO., LTD. All rights reserved.
319 Chamchuri Square Building,
17th Floor, Unit 1702, Phayathai Road,
Pathumwan Sub-district, Pathumwan District,
Bangkok, Thailand 10330
Tel: +66 2 048 2534-5
e-mail: info@ilawasia.com
Website: http://ilawasia.com